なろう備忘録オブザデッド

先日「乙女ゲームの破滅フラグしかない悪役令嬢に転生してしまった…」一話を視聴していた時、主人公の女の子と義理の弟の使う魔法の属性が土でダブってるのを見て「これ読んだことある! 」ってはしゃいでいたら、実際には別の小説と勘違いしていた。体感的にWeb小説は他のコンテンツよりも忘却スピードが速く、それなりに時間を食って読んでいるので、あっさり忘れるのは惜しい気がする。でもなろう小説のことをそもそも覚えておく必要あるのかどうかもよくわからないし、早く忘れたほうがいいかもしれない。

この記事では覚えている限り私が読んだ「小説家になろう」の作品を、

  • 当時掲載されている話をすべて(あるいは一定以上の分量を区切りの良いところまで)読んだ作品
  • 途中で読むのを止めた作品

に分類して、主に当時自分は何を思っていたのか、あるいは今その作品について何が想起されるかを書いていく。読むのを止めた作品はどこで止めたのか、なぜ止めたのかをできる限り思い出したい。

なぜこの分類なのか。Web小説を読む人ならわかるかもしれないが、例えばなろうの小説をランダムに選択して読み始めた場合、読み通すことのできる可能性は著しく低いだろう。インターネットの知らない素人が書いた小説は、一定の分量を読むのに耐えうるというだけで固有の価値があると考えている。もちろん途中で読むのを止めるのにはいろいろな理由があって、単に気分じゃないからということだってある。だけど、この分類は自分にとって有益だろうと信じている。

一応レビューではなく備忘録という体裁をとっているのでネタバレがあるかもしれない。作品はOWL BOOK勅撰web小説集(2020年GW)やなろうのランキングを参考に、適当に読んでいる。信頼できるレビューなので、ちゃんとしたレビューが読みたい人はネタ元を読んでください。

全部読んだ作品

Re:ゼロから始める異世界生活

5,638,006文字:連載中

2016年末頃に読んだと思う。たぶんなろう初体験。
有名作品でアニメも見たし印象深いのであまり書くことがない。読者も知っていると思う。
読みながら東方紺珠伝の「永遠の春夢」を聞いていたので、焦燥感を伴って思い出される。

主人公に対して読者をイラつかせることで面白さを実現する作品という類型が存在すると考えていて、リゼロはその一つだと思う。憎むという行為は主体に対して行われるもので、作者はスバル君を一個の独立したキャラクターとして描くことに成功しているわけである。

例えばレムがああいう形で退場したのはスバルくんの無条件の味方になってしまったからだと思う。レムのような人間が常に傍にいると憎みづらくなるし、作品の筋にも合わないという意図ではないか。メディアミックス後のレム推しを見るに、あそこであの判断を下せたのは良くも悪くも編集のいないWeb小説だからこそ出来たことだろう。それはともかくとして、私はレムがキショいくらい好きだったので、作者のことを憎んでいる。あと、エミリアは精神が6歳(9歳だっけ?)だから恋愛が成立しませんというのもおかしな話じゃないか? 女児だって恋愛できるだろ。ここらへんもスバルくんに対する作者の悪意を感じる。

話は変わるが、Web小説における作品の質の高さに対するバロメーターとして、一話当たりの文字数というのは有効な指標ではないかと考えている。基本的に多ければ多いほど作者の力量は高いとみている。あまりにも一話当たりの文字数が少ない作品というのは、一話の中で物語の起伏を作れていない傾向にある。また、情報量が決定的に欠けていると作品に入り込んでいくこと自体が出来ない。普段から具体的な数字を意識しているわけではないので体感的だが、一瞬でスクロール出来る作品はがっかりしてしまう。リゼロは文字数が多かったので一話一話読むのが楽しかった。

何だかんだいいつつなろうの中では一番質が高いと思っていて、初めての作品がリゼロだったのは幸運だった。なろうを知らない人に1作薦めろと言われたらリゼロにする。

転生したらスライムだった件

2,031,643文字:完結

リゼロを読んだ後は手堅くランキングを漁った記憶がある。結果的に異世界モノにありがちな設定はほぼ網羅できた。

冒頭部分は特に文章の質が低く読むのが苦痛だったが、元々2ch(現5ch)のSS文化に慣れていたので、幾分苦痛が軽減されたと認識している。しかしSSは基本的に会話形式で、いわゆる地の文が存在する作品は好きでなかったため避けており、この経験がどうやって自分の中でなろう文化にシームレスに接続されていったのか、記憶が定かではない。このようなインターネット文化の受容の過程を記録しておくのが当記事の目的の一つでもある。

設定はタイトルが全て。どうやら人間以外の生物に転生する設定の先駆けらしい(なろう自体は読んでもなろう小説に対する評価、その背景は触れたことがないので解説が普通に間違っていることもあると思う)。すぐスライムから人型になってしまって、スライムである必要性が薄れたのが残念だったということと、なんか魔王がたくさんいてかっこよかったことしか覚えていない(魔王がたくさんいると、かっこいい)。

蜘蛛ですが、なにか?

1,396,906文字:連載中

転スラと違って転生して蜘蛛になる。あと主人公が女の子。
女主人公の作品に初期に出会えたのは良かった。これについては後述する。

主人公が蜘蛛型である期間が比較的に長くて、しかもそれなりに苦労して成長していくので中々面白かった。全体的に転スラを一捻りした印象。

無職転生 - 異世界行ったら本気だす -

2,829,292文字:完結

なろうの異世界転生のテンプレを作り上げた先駆的作品らしい。
「異世界転生は現代知識と転生時の特典でチートのテンプレ作品ばかり」というのは部分的に当たっているが、なろうを読んだことのない人間が抱きがちな偏見である。もちろん凡百の作品は相変わらずテンプレ設定だろうが、ランキングに乗るような有名作品は当然設定を捻ってくるので、それほどチートではなかったりして、少なくともテンプレではない。逆になろう全部読んでいる奴は「なろうはテンプレばっか」って言うと思う。なろう全部読んだか? 全部読め。

当然無職転生はテンプレから微妙に外れていて、主人公は元無職だから大した現代知識もないし、魔法の才はあっても、職業魔法使いが致命的に近接職に勝てない世界だから要所要所で敗北する。基本的には優れた才能でよろしくやってるんだけど、順風満帆ではなく、それ故の悲しみもある。

ところで異世界ファンタジーものの主人公の属性って何が一番多いんですかね。無職転生は土属性で、現代人の応用力を生かしてドリルみたいにして戦っていた。個人的にはこのように主人公の創意工夫を表現しやすい土属性だと思っている。

本好きの下剋上 ~司書になるためには手段を選んでいられません~

5,681,540文字:完結

何気なく作品の文字数を付記してきたが、560万字というのは並大抵の分量ではない。文庫1冊で10万~12万字程度らしいので、文庫本50冊程度ということになる。私がこの作品を読んだ時には睡眠食事以外は全て本好きを読む生活を一週間近く続けてようやく読破できた。そのせいで睡眠障害が加速してハイプロンに手を出してオーバードーズの果てに主治医と喧嘩したという本当にしょうもない事件が発生したので、この作品に対しては相応の思いがある。

本が好きな女の子が文明レベルが中世の世界に転生、好きな本を読むためにまずは紙を作ることから始める……という筋書きなのに、主人公がどんな本が好きなのか明かされない(一応、オールマイティということらしい)。普通どんなに「本が好き」という人間でも得意分野、苦手分野が存在するので、その辺が不明瞭だと主人公は本を通して得られる知識や思考、体験ではなく「本という物体」を偏愛していると結論づけるしかなく、それはそれで面白いと思う(この辺は犬ハサに似ている)。

「別離」をしっかり描いているのは魅力的だった。主人公がどれだけ知識や才があっても人間社会の中で人として生きている以上、社会的立場という鎖からは逃れられない。しがない警備兵の娘として生まれた娘は貴族の養子となって、家族や幼馴染と別れなければいけない時がくる。この「成りあがる主人公と成りあがれない普通の人間の別離」という一部の異世界ものが避けては通れない悲哀をごまかさずに描いたのは、珍しいのではないか。

ただ、前述したように560万字はあまりにも長い。一話数あたりの文字数はかなり多いがむしろ情報過多で、おまけに物語として起伏が少ない(もちろん盛り上がる箇所はあるが到達までが相応に長い)ので、読んでいるとつらくなる時がある。作者は主婦らしく、同等の時間スケールを持つ者だけに原作は薦めたくなる。もちろん面白いか否かだと面白いんだけど。

賢者の弟子を名乗る賢者

2,405,323文字:連載中

いわゆるVR(バーチャルリアリティー)MMO(要するにネトゲ)モノ。VRゲームという設定は、現実っぽく見えるなんでもアリの世界ですよという宣言としてしか機能していないものもある。この作品では、賢者のお爺さんとしてロールプレイしていた青年が、何かのトラブルでゲームからログアウトできなくなってしまい、かつ幼女の姿になってしまったという経緯でTSロリジジイ(???)を合法的に楽しむための装置である。

現実世界に戻るという目標はあるものの、基本的には幼女(ジジイ)が列車に乗って駅弁を食いながら風景を楽しんだり、ちょっと高い宿に泊まって物見遊山に洒落込んだりと、VR世界をぶらついている日常を描いている。あとがきが特徴的で、作品が書籍化して売れるにつれて、食生活が改善していくことを純粋に喜ぶ作者の姿が見て取れる。金が入ってきて肉が食えるようになったとか、○○を食べておいしかったとか他愛もないことなんだけど、日常の中の小さな幸せを一番大切にしているのは実は作者である。作者に萌えてしまうかもしれん……。なろうには色々な楽しみ方がある。

「お前ごときが魔王に勝てると思うな」とガチ勢に勇者パーティを追放されたので、王都で気ままに暮らしたい

2,140,704文字:完結

タイトルから一昔前に流行った、ある集団から追放された主人公が別集団での一定の地位を元の集団の構成員に示すことで優越感を得るタイプの作品かと思われるが案外そうでは無かった。というか、むしろ「なろうの百合」との噂を聞きつけて読み始めた。正直なろうで百合をやることに対して馬鹿にする気持ちがあったのだが、主人公と奴隷の女の子、主人公の仲間(女)と敵の幹部(女)という二つのカップリングを同時に走らせて性的関係を持たせるところまでいったので、かなり満足している。

少女が自分の指や腕を吹っ飛ばしながら好きな女の子のために苛烈な戦いに身を投じる話。主人公の属性が「反転」なのがかっこよすぎないか?

ちなみにノクターンノベルズに、作者が書いた主人公と奴隷の女の子がセックスする話がある。

世界の闇と戦う秘密結社が無いから作った(半ギレ)

686,993文字:連載中

検索したら出てくるあらすじをわざわざ貼る行為に意味があるとは思わないが、この作品に至ってはタイトルとあらすじが全てなので貼っておく。

ある日唐突にサイキックパワーに目覚めた主人公ッ! 主人公の力を狙う秘密組織が暗躍しない! 学年一の美少女が実は主人公と同じ超能力者だと発覚しない! 異世界への扉が開いて召喚されない! 主人公の生い立ちに秘密などない! サイキックパワーに目覚めた壮大な理由が明かされない! 普通ッ! 圧倒的日常ッ! 何事もないまま学生生活を終え就職! 過ぎ去る凡庸な社会人生活! 全人類を相手に戦争を起こして勝てるサイキックパワーがあるのに何事も無さ過ぎてキレる主人公! もういい! こうなったら俺が、俺自身が秘密結社になって暗躍してやるッ! ようこそ人工非日常へ!!! オーバーラップ文庫から①②巻発売中!

世界の闇と戦う秘密結社が無いから作った(半ギレ)

人工的に非日常を演出するという話なのに途中からガチの異世界の人がやって来るのはよくわからなかったけど、設定の奇抜さと読みやすい文章で序盤はかなり面白かった。ネットスラングが時々現れるので苦手な人は注意。

魔王学院の不適合者 ~史上最強の魔王の始祖、転生して子孫たちの学校へ通う~

2,877,554文字:連載中

あまり語ることもない。
主人公にカリスマがあって、何が起きても大丈夫だろうという安心感がある。話がワンパターンなのに、設定の壮大さだけがインフレしていくのが面白い。

転生したら剣でした

2,269,363文字:連載中

異世界転生モノの無機物転生というジャンル(一口に異世界転生といっても色々と細分化しているらしい)。物語の語り手は剣だけれども、物語を紡いでいくのは剣と剣の所有者のフランちゃんで、この二者の関係性が良かった。意識を有しているからといって剣は出しゃばらずにあくまでも剣に徹していて、フランちゃんは自分を救った剣を師匠と仰いでくれる。互いのことをを尊重しあった相棒というべき関係が清々しい。

この世界がゲームだと俺だけが知っている

1,452,036文字:連載中

冷静になって考えると結構ヤバいタイトル。ヤバいVRゲームの世界に入り込んでしまったのでわちゃわちゃやるコメディ作品。通称「猫耳猫」と呼ばれるヤバいバグと仕様に溢れるゲームが笑いと感動を与えてくれる。作者の設定を回収する能力は見事の一言で、本当に些細でしょうもないネタを後の重要な事件のキーとして再配置して笑いを誘う手際には思わず拍手してしまう。

絶対に働きたくないダンジョンマスターが惰眠をむさぼるまで

1,375,291文字:連載中

たくさんの女の子が好意を向けてくる系のコメディ。女の子との関係性が一人一人違うのでキャラ立ちが出来ていて良かった。勇なま好きなのでダンジョン作るのも良かった。

ノクターンにえっちな小説がある。

田中のアトリエ ~年齢イコール彼女いない歴の錬金術師~

2,331,232文字:完結

なろうを読むときは鬱状態で気が狂っていることが多く、こういう享楽的なコメディ作品を読む傾向がある。この経験から言わせてもらうが、なろうは鬱に効かない。

たくさんの女の子が好意を向けてくる系のコメディで、女の子が基本的に破天荒なのが良かった。まずメインヒロインは非処女だし(ノクターンでもないのに非処女って明かす必要ある?)、尿を飲ませてくるヤバいメイドもいるし、基本女の子は人外ロリだった。アトリエ要素を序盤で放り投げるので、アトリエは関係ない。あと主人公がガチのおっさん(肉体も精神も)なのも良い。

転生!異世界より愛をこめて

579,865文字:連載中

プロットという概念が存在しない世界に転移したのかと思った。序盤はおちゃらけてたから、中盤普通に仲間が斬首されて晒されるシーンに本当にたまげた。最近4年半振りに掲載が再開して第二部が始まったのもびっくりした。

セブンス

2,181,890文字:完結

謎の力を手にした妹によって立場を不当に失った貴族の少年が、ご先祖様の魂が封じ込められた宝玉を頼りに冒険に出るお手本のような王道ライトファンタジー。ラスボス戦の展開は少し白けたけど主人公の成長が丁寧に描写されていて全体的に安定感があった。

Tamer's Mythology

936,861文字:連載中

異種族を操って戦うテイマーの主人公の性格が魅力的だった。肉体的に劣る人間がどうやって異種族を戦わせるかというと基本的に口先である。戦闘では何も役に立たないくせに異様に居丈高かつ自信過剰な態度で、説得力のある言葉を吐けるだけの知性と経験、異種族の女の子を魅了するカリスマがある。しかし、主人公のヒロインに対する人間関係上の重大な錯誤と、作者が張り巡らせた巧妙なミスリードが物語の鍵となっていて、1部の終盤はアッと言わせてくれる。エタってしまったのでキリのよい1部まで読めばいい。

ウロボロス・レコード ~円環のオーブニル~

1,408,062文字:連載中

異世界転生を経験してしまったばかりに死を激しく恐怖し、永遠の命に妄執する主人公が手当たり次第に人間を外道で洗脳しまくっていく悪役小説。主人公の周囲も特に気持ちのいい人間ばかりというわけではないが、奴隷で人体実験をしない、敵対者に洗脳手術をしない等の倫理を兼ね備えているだけで善人に見えてしまう。特に、幼少期から敵対していた兄との決着が見事で、少なくとも主人公よりは倫理的な兄の末路は哀れみさえ覚えてしまう。

死神を食べた少女

335,258文字:完結

末期戦の最中、突如現れた一騎当千の少女。彼女は戦場の女神か、それとも死神か……。
一貫して絶望的な雰囲気が漂っているのが好きだった。続編があるらしいがあのまま終わっても良かった。

用務員さんは勇者じゃありませんので

1,455,281文字:連載中

身の程をわきまえたおっさんのほろ苦異世界旅行記。主人公のお供が大型な猫(なんか雪山に住んでる)なのが味があって良かった。いま調べたら全然おっさんではなかった。つまり何も覚えていない。

異世界迷宮の最深部を目指そう

4,462,767文字:連載中

2019年の4月頃に読んだ。
なろうの中で最も好きな作品。堅気の人間にはリゼロを勧めるけど、ある程度異常小説に慣れてそうなインターネット人間には絶対に「異世界迷宮の最深部を目指そう」を勧める。

「精神的に弱ければ弱いほど強大な力を持つ」という狂った世界観を敷いているせいで、物語を左右する主要な人間のほぼ全てが精神的な瑕疵を抱えている。言い換えれば男であろうが女であろうが敵であろうが味方であろうがメンヘラしか登場しない。ヒロインは全員タイプの違うメンヘラども(依存体質、異常な嫉妬心、自己陶酔等)で、主人公を普通に殺そうとする程度の精神性である。しかし、彼女らを余裕で凌駕するのが主人公で、散々色々なところで指摘されているが、転移した異世界で同胞の地球人に発見してもらうために「キリスト・ユーラシア」を名乗る本物の狂人である(さすがに書籍版では「ジークフリート・ヴィジター」に訂正されている)。

キリストくんは異世界ものの主人公らしく次元魔法なんていうチートを持っていて(そして精神が弱い)、ヒロイン達との異世界ものの主人公らしい絡みがあるが、正直このポッと出のポッと女達との絡みに虚無を感じてしまう。これは作中ではっきり明示されているが、キリストくんに対する理解度が一番高いのはヒロイン勢ではなく敵対関係にある人間である。他人に無関心で自分にしか興味がないくせに、自分が他人にどう見られているかは異様に気にかけるキリストくんにとって、真に憎しみを覚える人物こそ自らの同族であって、逆説的にお互いがお互いのことを一番よく知っていて一番憎しみ合う関係になってしまう。よって、ヒロインたちは敵対人物に対して主人公との関係性の強さで負けていることが多い。「主人公に対して、読者をイラつかせることで面白さを実現する作品」の一つだと思うが、(特にキリストくんの他人の気持ちを全く理解できない上に自分の気持ちさえ把握できないアスペ気質)私は常軌を逸したキリストくんへの好奇心のほうが大きかった。

表層的な部分に言及するならば、異世界迷宮の10層ごとのボスの「理を盗むもの」という称号がバチクソにかっこいい(なろう界のBLEACHじゃん)。「理を盗むもの」たちは人生に敗北したせいで迷宮ができる前の「未練」を引きずったまま、迷宮のボスとして「ドロップ」していて、その「未練」を果たすのが、迷宮攻略の主な手段である。「理を盗むもの」もまた強大な力を持っているくせに、自分の「未練」が何なのかもわからないほど自己を見失った存在である。この危うい「理を盗むもの」達とキリストくんの築く破綻した人間関係とそれがもたらすハチャメチャがハイセンスに描かれていて脳にバチバチにくる。階層宣言と魔法の詠唱あたりのセンスは唯一無二で、この記事の作品の中でも明らかに突出している。

『魔法が普遍的に存在しその原理原則さえ明らかになっている世界で、人々の希望と祈りによって発せられる既存の魔法の枠を超えた「本物の魔法」概念』(これについては機会があれば書くと思う)が滅茶苦茶に好きなので、「理を盗むもの」達が使う、自らの人生そのものを詠唱し代償とする「本当の魔法」はハマりにハマった。「メンヘラ」「異常主人公」「ハイセンスなネーミング」「本物の魔法」で好きな要素しかないんだよなこの小説。

作品全体のキーワードは「運命」「物語」だと思う。自分の行動は全て運命によって規定されていて、自分の生は誰かの物語の一部でしかない。そう悟った時に人は何を思い何を為すのか。「異世界迷宮の最深部を目指そう」はキリストくんの物語では無いが、ある意味でキリストくんの物語でもある。正直表層的な部分が面白すぎたのとテーマに気付くのが遅かったのでここにはあまりピンとこなかった。個人的には表層的な部分こそが本質だと思っている。

勇者イサギの魔王譚

1,383,293文字:完結

異世界召喚され勇者として魔王を倒した少年が、再び異世界召喚される話。やりたいことはわかるけどいまいちのめり込めなかった。意図的に序盤を茶番にしている(終盤で思い出すやつ)と思うけど、真面目に茶番をやって欲しかった。終盤20話くらいの展開は熱かったので残念だった。

ンディアナガル殲記

1,967,740文字:完結

「主人公に対して、読者をイラつかせることで面白さを実現する作品」の一つで、かなり直截に描写しているタイプ。身に過ぎた破壊神の力を宿してしまった頭の悪すぎる未成年が、行く先々の世界を次々に滅ぼしていく。毎度毎度世界を滅ぼす度に創造神に罵られるのだが、徐々に未成年に感情移入してきて、「叱られたい欲」みたいなものを出して創造神の多彩なお叱りで気持ちよくなるというよくわからない楽しみ方をした。

玉葱とクラリオン

2,710,273文字:完結

いわゆる内政チート系異世界転生もの。作者の工学や軍事学に対する豆知識を生かして、発明品を図を入れて説明したり、軍の配置図を具体的に見せてくれる。科学史の本で見たことあるチャリの図(前輪がでかいやつ)が出てきたときは、はえ~ってなった。なろうを書くのに最適化された読書してそう。

略 妹様へ

299,146文字:完結

文体が非常に独特。句読点を省いた上で倒置法を用いた口語的文章を多用する。これは意図的にやっているというよりも作者の素の思考がそのまま出ているのと思うのだが、「妹を殺す」というテーマと合わさって異様な緊張感を醸し出している。さらに、あとがきに執筆中に聞いていた曲を書くという自己愛の塊みたいなムーブメントも独特。一歩間違えたら怪文書なのに奇跡的にバランスがとれている怪作。

歯車天命~異世界に転生したら無理やり勇者にさせられました~

220,008文字:完結

ぼんやりするのが大好きなかわいい女の子とやさしい世界で、どうしようもない人間と社会の、どうしようもない相容れなさというテーマを描いている。特に主人公と学校の友達のエピソードは本気で泣きそうになった。語り口が柔らかく、善良な人物ばかり目に付くので明るい雰囲気だが、根底にはやりきれなさ、諦念が潜んでいる不穏な作品。共感をベースに読むのは褒められた行いではないと思っているが、それでも自分や周囲に重ねてしまい揺さぶられる瞬間があった。

転生した大聖女は、聖女であることをひた隠す

445,796文字:連載中

「女性向けコンテンツに触れたことのない人間が想像する女性向けコンテンツの主人公の女の子」という類型として、特に
・食べるのが好き
・ガサツ
・空気を読まない
・オタクコンテンツを好む
が存在すると思っていて、なろうの女主人公はどれか一つは当てはまるだろという偏見がある。少なくともこの作品では、「食べるのが好き」は該当していた。男だろうが女だろうが食べるのが好きな人はいいですね。圧倒的な生への渇望を感じる。ところでアニメを観ている限りだとはめふらは「女性向けコンテンツに触れたことのない人間が想像する女性向けコンテンツ」感がある。どうなんですかね。真面目に悪役令嬢を読んだ方がいいかもしれない。

主人公が女の子なだけのよくある転生チートだと思いつつも不思議とドンドン読み進められてびっくりした。2019年連載開始だけあって洗練されているな~と感心した記憶がある。

ギスギスオンライン

2,599,890文字:連載中

VRMMOハチャメチャ日常一話完結コメディ。
さっきなろうの作品キーワードに「友情 努力 勝利」があるのを見てふふってなった。

なろうにおいてVRゲームという設定は「冷やし中華始めました」みたいなものだという話を上で書いたが(書いていないが)、この作品はこの設定を非常に上手く扱っていると思う。特に「VRといっても所詮ゲーム」という感覚を逆手に取っている。

まず、VRMMOとかいう謎の技術に対するご都合主義的インチキ臭さを、「宇宙人が製造販売している」という設定にすることで、別方向のインチキ臭さにスライドさせている。宇宙人とは何者なのか? 何の目的でこのようなことをしたのか? そのような謎を主人公コタタマくんが解き明かしていく物語、ではない。コタタマくんは基本的に楽しくゲームを遊んでいるだけである。なぜならこれは「ゲームだから」だ。ゲームをプレイするのに誰が何のために作ったのかなんてどうでもいい話である。もっと言うならば、腐心してトッププレイヤーとなってシナリオを攻略する必要もない。「ゲームだから」楽しんで遊べば良いだけである。このように自然な形で読者には積極的に語られない情報をちりばめていて、物語全体に奥行きを持たせている。一話一話を読むごとに新しい発見があって、とても楽しくなる。

作者によるとコタタマくんは読者の分身として描写しているらしいが、大嘘である。コタタマくんの性格は「ゲームだから」許されるレベルの真の邪悪であり、間違っても私の分身ではない。小規模なMPK(モンスターを使ったプレイヤーキル)やネカマプレイでクランを崩壊させるのはもはや日常風景なので特に描写されずに行われている。大規模な悪行だと、イベントでプレイヤー達を2分して戦争するように煽る、全プレイヤーに対するMPK、小規模な悪行だと露店のチンピラに絡んで喧嘩する、偽札事件に関与する、使用するとアカウントロストする技を日本サーバー内に流行らせる等がある。ひとしきり悪さをした後クソ雑魚生産職のコタタマくんがキルされることで許される、話としてもオチがつくというところもある(全然許されてないので晒しスレで殿堂入りしている)。

ただ、「ゲームでも」許されない行為に対してきちんと怒りをぶつけてくれるのが小悪党(大悪党だが)コタタマくんの憎めないところで、物語的にも熱い。そうはいってもせっかくカッコいい前振りで仕掛けたバトルも大体負けている。「ゲームだから」勝負に必ず勝つ必要もないわけである。気持ちよさに対するバランス感覚が絶妙だと思う。

内容的にも文体的にも人を選ぶ作品で、コタタマくんの多動·多弁的な語りはかなり独特。登場人物の設定を見失いがちなのでそういう時は非公式wikiを見ればよい。

セブンの「自分の死をトリガーとして射程内の敵に認識阻害を与える」とかいう一人だけジョジョやってるアビリティ好き。

途中で読むのを止めた作品

この節で書くのは、読むのは苦痛ではなかったし場合によっては面白かったとも言えるが色々な理由で読むのを止めた作品である。アニメ一話で切るか三話で切るかみたいな話です。

私、能力は平均値でって言ったよね!

1,677,206文字:連載中

平均値と中央値は違うという算数から「誤解でチート能力を与えられただけで自分は平凡だという自意識を持っている女の子」という設定を引っ張ったと考えるとなんだかすごいような気がしてこないですか? こういう悪気無く調子に乗った主人公の女の子かなり好き。なろうを読み始めた頃に触れた作品で、この頃は転スラや蜘蛛みたいに大きなストーリーがある作品が普通だと思っていたので、いわゆる日常モノに肩透かしを食らった。今振り返るともったいないことをした。後、学校の友達を守るとか守らないとかの話が引っかかったような気がする。香辛料云々くらいまで読んだと思う。機会があればアニメを観てみたい。

くま クマ 熊 ベアー

2,543,171文字:連載中

可愛い女の子を売りにするのってWeb小説だと不利なんじゃないかと「お隣の天使様にいつの間にか駄目人間にされていた件」のWeb版を読んだ時に考えていて、この作品にも平均値にも該当すると思う。ライトノベルと違って挿絵がない上に外見の描写に欠けているので登場人物の外見をイメージするのが難しい。大体一回目の登場時にしか説明してくれない(なんで?)。記憶力がチャレンジドな読者に配慮してほしい。

痛いのは嫌なので防御力に極振りしたいと思います。

731,918文字:連載中

上二つと共にアニメ化作品(くまはアニメ化予定)だから逆張りみたいになってる。
VRMMOモノは運営の存在がちらついて集中できないことがある。悪食スキルをナーフするのはまあ良いとしてもその他の部分でもっと真面目にやれよという気分になる。要するに現実世界でのMMOにおける運営とプレイヤーの必然的な対立構造がそのまま持ち込まれているのである。読者は基本的にプレイヤー目線で見てしまうし、運営が好きなプレイヤーなどいない。この辺は雑味なのでうまく処理して欲しかった。アニメではきららニウムが感じられるとのことなので平均値と合わせてインターネットのオタクと一緒に観たい。

その無限の先へ

2,969,795文字:連載中

爆発力はなろう随一だった。得体の知れない冒険者の町にやってきた主人公が仲間と一緒にチュートリアルダンジョンに潜って滅茶苦茶に熱い戦いを繰り広げる。文字通りチュートリアルダンジョンで次々と世界観が開示される怒涛の展開は本当に見事。ただ次に始まった闘技大会編以降は想像していたものと違って驚いた。流れ星を見たような感覚がある。後、ギャグは真面目にやった方がいい。

人狼への転生、魔王の副官

1,461,246文字:連載中

創作で天才キャラを描写するのは難しいというのはよくある話。作中の人物の頭脳のレベルが作者のそれを超えることは基本的に無いからと言われることが多い。そこまでいかなくとも知略キャラを登場させて、活躍させるのはそれなりに技量が必要なんだと思う。

夜伽の国の月光姫

583,240文字:連載中

「夜伽」って「調教」と同じようにえっちな言葉ではないということに、この作品を読むことで気付いた。おっさんが異世界の王女に転生してしまったものの異世界言語を習得できなかったせいで周囲には露見せずに済んでいる、異世界TS勘違いコメディ。おっさんに萌えることはできなかった……。


他にも読みかけの作品はあったが、あまりにも内容を思い出せないので割愛。

総評

アングラ気取ってる割にメジャー作品ばっか読んでるな。
書いてるうちになんか思い出してくるだろと楽観視していたが、予想以上に記憶が戻ってこなかった。鬱病が全部悪い。作品の順番は大まかに読んだ順番に並んでいるが、意図的に変えた箇所もある。一目瞭然だけど、リゼロと異世界迷宮とギスギスオンラインが好き。

思えば「まおゆう」更新をほぼリアルタイムで追っていた頃からずいぶん遠くに来た気がする。まおゆうって知ってますか? 2009年にVIPで掲載されていたSSです。書籍化された時に本屋まで現物を見に行ってオイオイついにやっちまったな~って思いながらパラパラと捲ったら、いわゆる地の文のないト書き、原作をそのまま縦書きした体裁で、監修だか編集だかがあとがきでこれからは新しいネット小説の時代が来るとかなんとか書いていた。結局購入しなかった。あれから10年経って、なろう原作のアニメが当たり前のように毎期放送される時代になった。SSの時代なんて来なかった。

そういえばはめふらと勘違いした悪役令嬢モノ(たしか一作だけ読んだことがあったはず)が結局何だったのかわからず仕舞いだった。
断片的なシーンしか覚えていないが、
・中庭かどこかにいる女の子と仲良くなる
・女の子または自分が暗殺されそうになる
・船に乗っていたら海賊に襲われる
・感染症が蔓延したために、製薬を生業とする少数民族の隠れ里に行く
という要素があったような気がする(いろいろと混ざっているかもしれない)。心当たりがあれば誰か教えて下さい。加えてこの作品は読んどけ! このレビューは信用できる! 等あればこっそり教えて下さい。